今更ながら若槻ほっけのこれまでの人生を学生時代から少しずつ振り返る(需要ゼロ)

拙者は人に相談もせずに独断で突き進む癖が昔から強かった。
 
今更ながら拙者の自己(事故)紹介を書いて行こうと思う。
人となりを知って貰いたいのでまずは、中学時代から。
 
基本何も考えてこなかった「ゆとり」世代の痛々しい人生をお楽しみください!
 

突如決まったあだ名 in 中学時代

 
お受験戦争のストレスから爆太りしていた自分は野球部に入部する。
中学2年生の時に現在のあだ名「ホッケ」が誕生する。
以前は「わっけ」と呼ばれていた。
 
当時、昼食は弁当を母親に作ってもらうスタンスであった。
クラスでは毎日のようにお互いの弁当に茶々を入れ合う。
 
それはまさに青天の霹靂だった。
ある日、黒いプラスチックケースの2段弁当箱にあろうことか「ほっけ」が挟まっていたのである。
 
イメージはこんな感じ。

 

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しかも包まれた風呂敷をほどくと裸でほっけがはみ出て登場するのである。
 
小骨もあるし、ご飯だけでは淡白だし、中学生だったクラスメートはお弁当のお魚と言えばシャケ!くらいしか存在を認知していなかったった為、そもそも得体の知れないその大きな魚は話題をよんだ。
 
わざわざ家に帰って母親に名前を聞いた。
 
どうやら「ほっけ」というらしい。
 
これは明日みんなに教えてあげないと。
 
次の日クラスメートに
 
「あの魚ってほっけって言うんだって」
 
思い切って伝えて見た。
 
「へぇー」
 
若人は冷たい。
 
(なんだ言わなきゃよかった・・・)
 
と思ったその時
 
 
「んでさぁほっけはさ今日どうする?」
 
「どうするって?」
 
思わず聞き返した。
 
「どうするって、ほっけはWCCF(当時のサッカーカードゲーム)をLoftにやりに行かないの?」
 
拙者は耳を疑った。
(今コイツ拙者に確認もせず、ほっけ呼ばわりしたな・・・)
 
恐らく後で気付いたことだが、あの弁当をネタにされ既に私は周囲から「ほっけ」と呼ばれて居たらしい。
 
それから今日に至る。
 
たまに「鯖さんはどうなんですか?」とか聞かれる。
 
迷いもなくアンジャッシュの児嶋さんが憑依したかのように
 
「ほっけだよ!!!」
 
と返す。
これはこれで気に入っているので拙者は「ほっけ」と呼ばれている。
 
 
あだ名の話はこんな感じですが、中学時代ではもう一つ転機があった。
 
 

 野球部のエースがウルトラしょぼいサッカー部員へ転身

 
そ う、野球部からサッカー部への寝返りである。
 
 
中学生時代の時に日韓W杯が開催されていたんですね。
 
いたじゃないですか。
 
天が二物を与えまくった漢。
 
そう、
 
デイビット・ベッカム
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言葉悪いけどクソイケメン。しかも金持ちでサッカーうまい。
 
まぁ当時は日本中が湧きましたよね。
 
それで思っちゃいました。
 
『あっ、俺サッカーだわ』
 
とw
 
オフサイドって何?
小学生100人対ジダン1人でサッカー対決したらどっち勝てる?
 
とか聞いちゃうクソがつく程のドアホウ者が、小学1年生から9年間続けていた野球をあっさり辞めてサッカーやっちゃおうとか思っちゃったんですよね。
 
当然、父親からも反対をされました。
 
これが人生で始めて親の気持ちを裏切った瞬間でしたね。
 
息子が野球で活躍する姿も見たかったんだと思います。
(一応、エースピッチャーでしたw)
 
中高一貫だった為、高校に進学する段階でポジションも約束されている可能性もありました。
 
だけど、ふわっと好きなことやりたい!どうせプロ目指す訳じゃないんだし!
といった感覚でしょうか。
 
サッカー部に入部することを決意しました。
 
と同時に
 
「行動しない後悔より、行動して後悔」
 
という姿勢が早くも芽生えてしまいました。
 
そんなこんなの中学時代。
そんな中、高校に進学した1学期の中間テストで人生で初めての山場を迎えるのである。
 
このお話はまた次回!
 
今宵もここまで読んでくれ恐悦至極に御座います。
 
今後もゆる〜く、楽しくて続けていきとう思うとります。
 
それでは、これにて御免!
 
〜彼はいみじくもブログのシメを行なった〜